「法人をつくったほうがいいですよね?」——相続の相談で、法人設立をおすすめしなかった話

法人設立か遺言か、相続の相談を受ける税理士 税務会計

先日、不動産業者さんのご紹介で、初めてお会いする男性からご相談を受けました。県内とはいえ、少し離れた地域からわざわざ足を運んでくださった初老の方です。

※ご本人が特定されないよう、内容は一部変えて書いています。

「相談できる税理士が、いなかったんです」

お話をうかがうと、この方はこれまで確定申告をほぼご自分でされてきたそうです。帳簿をつけて、申告書を作って、期限までに出す。それを何年も続けてこられた。

だから、税理士と付き合う機会がないまま来てしまった。ところが最近になって、ご自身の年齢のことを考えるようになり、「うちの相続、大丈夫なんだろうか」と気になり始めた。けれど、誰に聞けばいいのかわからない。そんな状態が続いていたところで、不動産業者さんが当事務所を紹介してくださった、という経緯でした。

ご自分でずっとやってこられた方ほど、いざというときに相談先がない。これは意外と多いパターンだと感じています。

ネット検索の結論は「法人設立」

この方は個人名義で不動産を少しずつ増やしてこられました。そして相続対策について自分なりに調べたところ、どうやら法人を設立して不動産を移すのが有効らしい、という情報にたどり着いた。

ご相談のご趣旨は、はっきりしていました。

「法人をつくったほうがいいと思うんですが、どういう手順で進めればいいですか?」

たしかに、不動産オーナーの相続対策として法人化はよく紹介される手法です。ネットで検索すれば、メリットを並べた記事がいくらでも出てきます。

ただ、僕はすぐに手順の話には入りませんでした。まず、お持ちの不動産の中身と、ご家族の状況をひととおりうかがうことにしました。

聞いていくうちに、話が変わってきた

物件の規模と収益性、借入の状況、そしてご家族の構成と、それぞれの方が今どんな暮らしをされているか。ひとつずつ確認していきました。

うかがっていくうちに、僕の中で少しずつ結論が固まってきました。この方の場合、法人設立はメリットよりデメリットのほうが大きい、と。

法人化が効くのは、ざっくり言えば次のような場合です。

  • 所得税・住民税の税率がかなり高い水準にあり、法人に移すことで税率差のメリットが出る
  • 家族を役員にして所得を分散でき、その家族が実際に事業に関わる
  • 今後も物件を増やしていく方針がはっきりしている

一方で、法人化には確実にコストがかかります。既存の物件を法人に移せば、譲渡にともなう税金、不動産取得税、登録免許税が発生します。借入がある物件なら金融機関との調整も必要です。法人を維持するだけで住民税の均等割がかかり、決算・申告の手間と費用も毎年続きます。さらに、個人所有であれば使えたはずの小規模宅地等の特例が、法人に移したことで使えなくなるケースもあります。

この方の場合、収益規模と今後のご方針を踏まえると、そこまでのコストを負担して得られるものが釣り合わない。そう感じました。

数字を一緒に見ながら話す

とはいえ、「法人はやめましょう」とだけ言われても、納得はできないと思います。

そこで、万が一のことがあった場合の相続税を、その場でシミュレーションしながらお話を進めました。基礎控除がいくらで、配偶者の税額軽減や小規模宅地等の特例を適用するとどうなるか。だいたいこのくらいの税額になりそうです、という数字を一緒に見ていきました。

数字が出ると、ご本人の表情が少し変わりました。漠然と「大変なことになるのでは」と思っていた税額が、思っていたほどではなかったのです。

そして同時に、本当の課題は税額ではないところにあることも見えてきました。

提案したのは、遺言と任意後見契約

財産の大部分が不動産だと、いざ相続が起きたときに「きれいに分けられない」という問題が起こります。預貯金なら数字で割れますが、不動産はそうはいきません。誰がどれを引き継ぐのか。相続人同士で話がまとまらず、長引いてしまう例は珍しくありません。

これを防ぐのに一番効くのが、遺言です。ご本人が元気なうちに、どの不動産を誰に渡すのかを決めて書き残しておく。それだけで、残されたご家族の負担はまったく違ってきます。

もうひとつお伝えしたのが、認知症への備えです。判断能力が低下してしまうと、賃貸借契約の締結も、大規模修繕も、物件の売却も、借入も、そして遺言を書くことすらできなくなります。不動産をお持ちの方にとって、これは相続税以上に現実的なリスクです。

そこで、判断能力があるうちにご自身で後見人を選んでおく任意後見契約を検討してはどうかとご提案しました。あわせて、財産管理委任契約や家族信託といった選択肢もご説明しました。

法人設立という「攻めの対策」より、この方にとってはこちらのほうがずっと役に立つはずだ、というのが僕の考えでした。

帰り際の表情

ご相談を終えて、お帰りになるとき。

いらっしゃったときの少し硬い表情とくらべて、明らかにほっとした顔をされていました。それを見て、僕のほうこそ嬉しくなりました。

相続対策というと、どうしても「いくら節税できるか」という話になりがちです。でも、ご相談に来られる方が本当に求めているのは、金額そのものより「これで大丈夫だ」と思える見通しなのだと思います。

そのためには、一般論を当てはめるのではなく、その方の財産とご家族の事情をきちんとうかがったうえで、必要なものと必要でないものを整理する。当たり前のことですが、それが一番大事だとあらためて感じた一日でした。


ネットで調べた対策が、ご自身に合っているかどうか。判断に迷われている方は、お気軽にご相談ください。まずはお話をうかがうところから始めます。

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